原作漫画版「侍ジャイアンツ」解説

 

●原作漫画版「侍ジャイアンツ」

 

原作:梶原一騎先生

作画:井上コオ先生

週刊少年ジャンプ

1971年8月30日(第36)~1974年10月14日(第42号)連載

全150回

 

本作は原作者:梶原一騎先生の代表作の一つ「巨人の星」連載終了(週刊少年マガジン 1971年第03号にて完結)から約半年後、週刊少年ジャンプ誌上で連載された。全2部(計11章)で構成される。

 

発行元である集英社は読売ジャイアンツとの独占契約により作品内で実名選手を登場させる事が可能であったため、本作でもそれを大いにアピール。当時の選手たちが多数登場している。(連載時の扉絵には「他誌では読めない実名巨人軍漫画」と記載。)

連載開始にあたり、原作者は「ほんとうの野球のダイゴ味を。そしてまた、たくましい男の生き方を感じてもらえる、すばらしい作品にしたい!」とコメントしている。その言葉の通り、集団競技である野球、その頂点であるプロ野球の王者ジャイアンツの中で敢えて「腹やぶり」を宣言する豪快な主人公が描かれる。

 

主に「魔球」の登場を理由に「巨人の星」と比較されることも多いが、作品内に魔球が登場したのは後半であり、前半は敵味方共に弱点や癖の探り合いとそれを突く戦略、次々に立ち塞がる試練に立ち向かうサムライの活躍が中心となる。

そして登場する魔球による痛快な活躍とライバルたちとの激闘を経て、第2部では魔球をも超える速球に回帰する流れとなり、そのストーリー展開は全く異なる。

 

1970年日本シリーズ中からスタートした物語は当初から「巨人の連覇が途絶えた際は連載を終了する」と予定されており、1974年ペナントレース終盤で完結。連載期間約3年、集英社ジャンプコミックス全16巻となる長編となった。主人公の明るい性格と破天荒ぶりは作品内外で親しまれ、連載中にアニメ化もされた人気作品である。但しその作風からか、細やかな心理描写が光る作品にも関わらず、その作品内容を深く掘り下げた書籍、記事は少ない。本項目では川上巨人V9時代を駆け抜けた「巨人のサムライ」の活躍をあらためて振り返る。

 

 


【第1部】

第1章「曙の章」

「姓は番場の忠太郎の番場!名は野生の蛮!!」

「かれの名は番場 蛮なのであります!!」

 

次世代の巨人のためにサムライが欲しい・・・

6連覇を目前にして巨人軍・川上哲治監督はそう呟く。

勝利の歓喜の中からひっそりと芽生え始めた敗北・・・危機を感じた彼は土佐へ。そこで見たものは?

 

物語は「常勝・巨人軍」率いる川上哲治監督の独白からスタート。

 

昭和45年日本シリーズもいよいよ大詰め。勝利を目前にして、何故か彼は一人ため息を漏らし「サムライが欲しい・・・」と呟く。その様子を不思議に思う長島茂雄選手。川上は「次世代の巨人のため、次期監督となる長島のため、紳士ジャイアンツにサムライの血の導入が必要である」と考えていた。

常勝巨人の栄光に陰りが見えつつあることを予感させる導入部である。

 

同原作者の「巨人の星」はじめ過去の作品に登場した際は絶対的な王者として描かれた巨人軍は徐々に変わりつつあった。

連載時に冠されたコピーは「原作の鬼・梶原一騎の巨人漫画」「他誌では読めない実名巨人軍漫画」である。本作は史実とリンクした内容ゆえに確実にその影響を受ける運命なのだ。この時点では予感にすぎなかったことが、後に物語の進行に大きな影響をおよぼす。

 

6連覇を果たし、その祝宴の中で川上の真意を知る長島……そこに一人の二軍選手が声をかける。彼の名は八幡太郎平。まさにサムライそのものの男が母校・土佐嵐高校にいるという。

 

その男の名は「バンバ・バーーン!!」

 

いきなり叫ぶ八幡に驚き、ひっくり返る川上と長島(笑)

サムライの名は番場蛮!!本作の主人公にふさわしい、一度聞いたら忘れないネーミングである。

 

続けて舞台は四国へ。地元野球部の対抗試合の最中、「タマを打つのが野球屋ならばァ あのコのハートがなぜうてぬぅ~」と侍ニッポンの替え歌と共に主人公登場。

眼前に迫るボールを恐れない度胸、初ヒットがホームラン。そして凄まじい豪速球・・・ただしコントロールは定まらず死球の山。

サムライの正体を確かめるために瀬戸内海を渡った川上と長島は、この「理論でははかりきれないハミダシ野郎」に興味を持つ・・・しかし番場は入団の誘いを拒否。球界の王者面する巨人に、かつて父の命を奪った大クジラを重ね、「でっかくふんぞり返っているやつを見るとカッカと燃える」と。八幡の予想とは逆に「ジャイアンツをコテンパンにブッ叩いてやる」と宣言してしまうのだった。

一途に巨人の星を目指した星飛雄馬とは正反対の、実に少年ジャンプらしい直情型の主人公である。頑なな態度を崩さない蛮であったが、憧れの存在である本作のヒロイン・美波理香の言葉にヒントを得、一転して巨人入団を決意。土佐に伝わる伝説的なクジラ捕りであるモリ師・丹次のように「オレはグラウンドのモリ師の丹次となる」と。

かつてクジラに飲まれながらも腹を突き破り現れた丹次のように、巨人の内側からドテッ腹をぶちやぶってやる!!そう息巻く蛮だが、それを真正面から受け止め、敢えて入団させる川上監督が実に器が大きく格好良い。

 

この極めて反抗的な後輩は当然のように他の二軍選手たちの反感を買い、地獄のシゴキが蛮を待っていた。ヘドを吐きながらも不敵な態度を崩さない蛮。既に「巨人の星」で「魔球」という奇想天外かつ読者を大いに惹きつけたアイデアが生まれていた後に、この身内で争う展開を当時のジャンプ読者はどう思ったか?「梶原一騎の巨人漫画」は新たな方向性を模索していたと感じる。

紅白戦では自軍も敵となる1人対17人という状況にも蛮は臆することなく、滅茶苦茶なコントロールで死球の山を築き、ついに相手チームは欠員が生じ勝負あり。蛮の勝利となる。

だが川上監督は蛮が敢えて自らに七難八苦を与えるため反逆児を演じたこと、自分の真価を理解し、敵意も欠点もひっくるめ飲み込んだ「巨人というクジラ」に惚れていることを見抜いていた。

 

「サムライはおのれを知る者のために死す」蛮は巨人に生き、巨人に死すと決意する!

 

蛮が正式に巨人の一員となるまでを描いた第1章だが、同時に良き先輩である八幡太郎平も単なる狂言回しではなく、自身の才能を疑問視し、葛藤する様子が丁寧に描かれている。来シーズンに向けて「蛮の練習相手」としての価値のみで契約解除を逃れたことを知ったときの心理描写に注目したい。

既に昭和45年も暮・・・正月を田舎で過ごすために選手達が帰省していく中、蛮と八幡は黙々と練習を続ける。

「俺の青春をくれてやる」自らを人間と、友と思うな・・・痛みも感情もない練習台と思え。それで給料をもらう俺だ。八幡の決意と熱き友情は胸を打つ。涙する蛮。

除夜の鐘の鳴る中、二人は来シーズンに向けて闘志を燃やすのだった。

 

本章はキャラクター紹介編としては十分すぎる内容だろう。その性格、その目的、巨人を敵視する理由、そして心境の変化が実に分かりやすく描かれている。愛すべき主人公、サムライ番場蛮の活躍が始まった!

 


第2章「風雲の章」

「有名になるために努力するのかい?金もうけのために努力するのかい?その保証がなければやめるのかい?」

「男の努力とは、サムライの戦いとは、そんなケチなもんじゃねえと思うぜ!!」

 

明けて昭和46年。一軍に合流した蛮と八幡。本場大リーグとの連戦の中で打撃開眼なるか!?

 

昭和46年元旦。勝負の年!!

飛躍を誓う蛮と八幡は宿舎管理人・鈴木の話から過去にも二人と同じく正月休みを返上し、一軍昇格を目指しひたむきに努力した選手たちがいた事を知る・・・彼等のその後はどうなったのか?スターとして大成したのか?気になる八幡に鈴木は答える。必ずしもそうではないと。

「努力すなわち成功」とは限らないのがプロの世界。地味に二軍から努力する選手より、はじめから華やかに一軍でデビューする選手の方が、そのままスターに成長する事が多い・・・・

表情がこわばる八幡だが、蛮はそれを笑い飛ばす。男の努力とは、サムライの戦いとは、保証がなければ止めるようなケチなものではないと。

鈴木は「努力も空しく消えていった連中・・しかし彼らの姿は美しかった。それは歓呼と脚光を浴びるスター選手にも決して劣らず、目をつぶると瞼に甦ってくる」と静かに語るのだった。

原作者:梶原一騎が様々な作品で語る「結果」ではなく「どう生きたか」というテーマが登場人物達によってストレートに表現される。

 

熱く燃える二人は多摩川グラウンドへ。ミットめがけて勢い良くボールを投げるが、突如乱入した青年がそれを打ち返す!スピーディーな展開が面白い。そこに現れた美波理香。青年は土佐の竜王学園高校野球部キャプテンであった天才・眉月光であった。

大学進学の為に上京した理香と眉月がなぜ一緒に?心乱れる蛮であったが、セ・パ両球団からドラフト上位で指名されたスターに対し、雑草の野武士魂を見せてやる!と決意を新たにする。

眉月光は一見「巨人の星」に登場した主人公のライバル・花形満と同じく容姿と才能に恵まれたスマートなタイプだが、その性格は花形よりドライな印象。同時に恋敵としての役割も担う。(蛮が一方的に恋敵と思っているだけなのだが。)突如現れた天才児は、宣戦布告とも言える言葉を残し去って行った。

 

後日、八幡は蛮のコントロール改善のため「殺人ノーコン改良兵器」を考案。その単に丸太を組んだ「神社の鳥居の出来損ない」は、投手と捕手の間に設置され、その隙間を通らなければボールは投手めがけて跳ね返ってくるという恐るべきものである。

蛮は自ら投じた球によって痛めつけられる。それを笑う二軍選手達も、やがてその気迫に飲まれ沈黙。ヤクルトアトムズへの入団を華々しく報じられる眉月と対照的に、ボロボロになりながらサムライの特訓は続く。

井上コオ先生の勢いあるタッチで描かれる特訓は凄まじく、一見軽いノリながら、その内容は深い。

 

各球団は一斉にキャンプインし、巨人はアメリカ遠征へ。二軍から蛮と八幡が合流。相手は世界最強のボルチモア・オリオールズである。川上監督はここで球団結成以来の大目標を伝える。

それは「日米ワールドリーグ」・・・本場大リーグのワールドシリーズ優勝チームに日本プロ野球の王者として巨人が挑み、真の世界一を決定することだ!!

その果てしなき前進、果てしなき挑戦に蛮は「しびれたあ〜〜!!」「なけるじゃないの〜」と燃え、川上監督もゴキゲンになるのだった(笑)

 

そしてサムライ・蛮の出番が来た!代打に起用された彼は豪快なスイングを見せるも右手にボールが直撃!!痛みにのたうち回る。だが川上監督は交代させない。何故だ……!?八幡は鼻持ちならない跳ねっ返りを痛めつけたいのかと考える。(「番場を嫌いなのではないか!?」とストレートな表現が少年漫画らしい)

激痛に耐え守備につくも傷口が開き、血まみれになる蛮。だが名誉挽回はこれからだと再び打席に立ち、強烈な二塁打で巨人に1点をもたらす。

手負いの状態でなぜ打てたのか?川上監督は負傷に耐える不自由がフォームの欠点をあらためさせ、打撃開眼に繋がると読んでいたのだ・・・試合後、血に染まったホームベースに一礼する川上を見た八幡は自分を恥じ、涙を流し頭を下げる。「さもないと、この八幡太郎平の男が立たんであります」・・・と。

熱い台詞の連続で一気に読ませるが、本章はまだ終わらない。それをスタンドから見つめる男がいた。「ジャパニーズ・サムライの血」に挑戦を誓う彼の名はウルフ・チーフ。第2のライバルの登場である。

 

続けて対戦するは名門ロサンゼルス・ドジャース。攻撃重視のチームへ転換を図るドジャースは、気性の激しさからマイナーリーグでくすぶっていたウルフを引き上げたのだ。

ピッチャー返しからの出塁、「ウラララッ キャッホ〜〜!!」と研ぎ澄まされたスパイクを向けた殺人スライディングと大暴れ。

川上作戦により、蛮は投手としてマウンドに立つ。ウルフのピッチャー返しを受け止めるが、直後に襲うバットの破片!それを叩き落とすも出塁を許してしまう。更に隙をつき二塁を狙うウルフ!!だがこれは狙い通りであった。蛮は二塁に走り、殺人スライディングと正面から激突!スパイクとスパイクがぶつかりあい、二人は吹っ飛ぶ!このシーンは見開きで描かれており迫力満点である。ウルフはアウトとなり、二人はその場に倒れ込むのだった・・・

 

連戦を終え、帰国した巨人軍は「黄金のルーキー・眉月光」の華々しい活躍と、阪神に「ある外国人選手」が入団する事を知らされる。その選手の名は?

 


第3章「開幕の章」

「天下のONの用心棒!!」

 

ついにペナントレースは開幕した。

ウルフの「ONぶっこわし宣言」から長島と王を守れ!!

殺人スライデイングと再び対決する蛮。

そしてセ・リーグ戦線に大旋風を巻き起こす知将・三原監督率いるヤクルトの秘密は?

 

息つく間もなく物語は第3章へ。

何と阪神に入団したウルフ・チーフ。ドジャースの秘密兵器が何故日本へ?驚く川上監督。それは本人の熱烈な希望あってのことだった。「1年でよい。その1年はドジャースにとっても決して無駄にはならない」と。彼が日本行きを口にしたのは巨人とドジャースがフロリダで戦った直後だという。

「バン・バンバにツタエルガヨイ ホントウノ血デ血ヲアラウ勝負の本番ハコレカラハジマルノダ!」これは日本のサムライへの「復讐の決闘状」である。

 

そして昭和46年ペナントレース開幕!

ベンチ入りしたものの出番の無い蛮は、開幕早々に活躍する眉月の姿に焦りと嫉妬を感じる。これは中々リアルな反応であり、彼の意外と繊細な一面は今後も度々描かれる。

続けてウルフが来日。その足で球場へ直行し、いきなり殺人スライディングで一塁手、二塁手を血祭りにあげる。

ライバル達に大きく差をつけられ意気消沈の蛮だが、敢えてそれを突き放す八幡。

「あいにく俺は番場蛮の練習台であって、お涙ちょうだい劇の共演者ではない。俺たちの対話は、語り合いは・・・・・こいつを通してしかない!!」

蛮にボールを突き付ける姿が格好良い。

八幡は全編を通して常に蛮の理解者として共に笑い、共に泣き、時に先輩として厳しく接する実に魅力的なキャラである。自身が抱える葛藤についても序盤からじっくりと描かれており、もう一人の主人公と言っても過言ではない。彼の存在しない「侍ジャイアンツ」が想像出来るだろうか。

 

そして再び燃える蛮と八幡の前に川上監督が現れる。記者会見で「ONぶっこわし宣言」・・・長島と王を血祭りにあげると宣言したウルフに対し、川上は告げる「ONの用心棒をつとめてもらう!!」と。

つまり「お前は潰れてでも長島、王を守れ」という命令だ。実にストレートであり、週刊少年ジャンプらしい燃える展開である。

 

長島、王は他の「梶原一騎原作漫画」にも言える事だが、ここまで現実と漫画の世界が一体となったスーパースターが他にいるだろうか?(同原作者の「タイガーマスク」におけるジャイアント馬場がこれに近いが、登場作品数はONが群を抜いているのは確かである。)

その存在感は絶大であり、物語にも深く関わってくる。しかもその行動、言動はあくまでも史実から逸脱しない範囲で創作されたものであり、それらを自然に物語に組み込む原作者の力量には唸らされる。

 

公式戦に初起用された蛮。一塁の王に対し、いきなり飛び出す殺人スライディングだが、「狼シフト」作戦により直後に塁上に腹ばいとなった王をウルフは飛び越えてしまい、後方に構えた蛮によってアウト。だが次なる打席では裏をかかれ出塁。セカンド土井は研ぎ澄まされたスパイクの餌食となり、長島に危機が迫る。

ここで阪神・村山監督がウルフへ歩み寄るが「こら!気取るな」という観客の野次がおかしい(笑)  村山はウルフへ「長島は敵ながら尊敬する日本球界の至宝であり、正々堂々であれば何をやっても構わないが、猛虎タイガースの名誉を汚す汚い真似は使わないだろうな?」と問う。

その返答は「ナガシマを正セイ堂ドウブッコワス!!」ついに激突の時が来た!!

 

大胆にリードし、二、三塁間に挟まれても余裕の笑みを見せるウルフ。長島の前に立ち塞がる蛮を大きく飛び越え、眼前に迫るスパイク!!ミスタージャイアンツ危うし!!だが用心棒・蛮は雄たけびをあげて上空に飛び上がり、そのままウルフと激突!!吹き飛んだウルフは失神し、傷だらけの勝利を掴む蛮。

二度目の対決も両者一歩も譲らない名勝負となった。

 

殺人スライディングの描写は迫力あり、ウルフといえばこの技を連想する方も多いのでは。短期間で二度の激闘を繰り広げた事からも読者の記憶に残るキャラとなった。この「殺人スライディング」は原作者も気に入ったのか、後の作品でも登場している。

 

続けて、これまで華やかな活躍が背景として描かれるに留まっていた眉月との対決となる。最初に登場した眉月よりウルフとの対決が先に描かれたのは、史実のペナントレースにおけるヤクルトの躍進に併せた事が理由だろうか?

開幕からのヤクルトの勢いは凄まじく、著しく成長した打線に各球団は手を焼いていた。だが各々のセンスが必要となる選球眼まで一律に成長している事に川上監督は注目。そこには「三原魔術」が存在すると確信。

下位打線まで打ち込まれ、一死満塁のピンチに蛮がリリーフ。ここで眉月は「例の作戦」の中止を進言するも聞き入られず、試合は続行。四番打者のロバーツは明らかにストライクゾーンから外れた蛮の球を空振り。何が起きたのか?

 


第4章「執念の章」

「サムライが切腹するときはな!」

「男の総力ふりしぼって戦いぬき」

「もはや刀おれ、矢つきたそのあとだあ!!」

 

ついに先発投手としてマウンドに立った蛮。だが眉月は「命取りの癖」に気付く。

ヤクルトの躍進を巨人は食い止める事は出来るか!?

 

蛮のリリーフ後、何故かペースを狂わさせたヤクルトは敗退。

「三原魔術」の正体とは、スタンド側に待機した球団関係者が双眼鏡で捕手のサインを確認後、鏡の反射によって打者に球種を伝える「サイン盗み」であった。

現在の視点でこの作品を読んだ時、あまりにストレートな正体に驚くのではないか。策士・三原監督の奇策である。

ヤクルト打線の躍進は「投手が捕手の指示通りに投球出来る事」が前提。いまだコントロール改善には遠い番場には策が通じず、巨人は快勝。

だが眉月は転んでもただでは起きない。打席に立った際に「死刑宣告」に等しいヒントを掴んだと断言する。危機を乗り越えると新たな危機が。テンポの良い展開が続く。

 

ここまで事実上、投打二刀流状態であった蛮だが、序盤からの課題であったコントロール問題が本章で決着。本格的な速球投手を目指す事となる。

「殺人ノーコン改良兵器」が久々に登場し痛めつけられる蛮。更に防具を外した状態で打席に立った八幡は「内角いっぱいのストレートを投げろ」と叫ぶ。その熱き友情に応え、死ぬ気で投げたボールは凄まじいスピードで内角ギリギリを通過する!

・・・しかし、その二人の友情、努力の全ては「栄光」ではなく「敗北」に向かっていると眉月は語る。彼の秘策とは何か?

 

そして迎えたヤクルト戦。蛮はついに先発投手としてマウンドに立つ。その第一球はド真ん中のストライク!どうせボールだろうと高を括っていた打者を翻弄し、見事三者三振に打ち取る。その中継を見ながら涙を流し祝福する八幡。

「八幡のバーカが・・・」「もし番場がスターになっちまえば御用済みで・・・」「クビの運命なのによ・・・・」

同じ二軍選手達から馬鹿にされながら純粋に後輩の成長を喜び、応援する姿が切ない。

 

絶好調の蛮はついに眉月と対決。だが事前にコースが読めているかのようにボール球に手を出さず、ストレートを狙い打ちされてしまう。

そして次打席。渾身の一球を眉月は難なくホームラン!!完敗した失意のサムライは川上監督の言葉も耳に入らず、腹を切る事も放棄し勝手にマウンドを降りてしまう。

 

試合後、眉月はナインに前回の巨人戦で気付いた蛮の「命取りの癖」を明かす。

それは「捕手からストライクのサインが出た時に限り、舌で上唇を舐める」という実にシンプルな正体であった。だからこそ打者は瞬時に球種を判断出来、狙い打ちする事が可能となるのだ。コントロールが改善すればするほど自分の首を締める結果となる恐ろしい癖である。

 

宿舎に戻った蛮は八幡に思いきり殴り飛ばされる。ペナントレース開幕後、蛮は心の迷いを八幡に救われる事が続いている。蛮は決して超越した存在ではなく、プロの厳しさを知り、挫けながら成長していく姿が描かれる。ストイックな他の作品の主人公と違うのは、やはりその明るさと立ち直りの早さだろう。魅力的な主人公である。

「サムライの切腹を辱めてはならない」と再び奮起した蛮は、翌日のヤクルト第2戦で川上監督に登板を直接申し出る。サムライ・ガッツ死なずと示すために。

川上監督は意外にも蛮の申し出を受け入れ、一死一三塁に打者は眉月というピンチにリリーフを命じる。だが捕手のサインは「敬遠」・・・蛮はショックを受けるが、勝手にマウンドを降りた事で腹を切らされているのだ!と指示に従う。(この指示は敢えて敬遠させ、眉月に拘りすぎる蛮をコントロールする意味があったのだが。)

無念無想となり、敬遠のボールを投じるが、ここで無意識に上唇を舐める癖が!

眉月は混乱し打ち取られてしまう。この癖はストレート時に限らず、男一途、一心不乱となった時に自然に出るものであった・・・。

見事初勝利投手となった蛮。勢いに乗った彼は後日阪神戦でもノーヒットノーラン達成まであと一歩まで迫る。が、本人は気付いてないのが可笑しい(笑)

ここで負傷欠場していたウルフが登場。巧みなバントで偉業達成を阻止するが、気付いていない蛮は動じず、牽制球でウルフを刺す!

ここは冷静な判断が非常に格好良い。後で偉業達成ならずと知り大騒ぎする事になるのだが(笑)

 

王者巨人は7連覇を達成。蛮、眉月、ウルフは新人王ならず。そんなある日、八幡は蛮に伝える。

 

「実は・・・球団にクビを通告されてね・・・」

 


第5章「友愛の章」

「冬眠しない野獣計画!!」

 

八幡先輩にもう一度チャンスを!!

蛮の言葉に川上監督は来る世界最強のチーム・オリオールズ戦のベンチ入りを許す。既に投手として失格の烙印を押された八幡には無謀な挑戦と思われたが・・・

 

八幡太郎平はついに球団から契約解除の通告を受けた・・・動揺する蛮に自分は納得しているのだと平静を装う八幡。震えながら自分の顔を見ろ。自分は笑っているんだと話す姿が切ない。

 

八幡は当初から実力不足の先輩として描かれており「番場蛮の練習台」としての価値のみ認められ、蛮が成長すると同時に自分の首が切られる可能性も高くなるという苦しい立場である事は度々触れられてきた。それでも彼は良き先輩として常に味方であり続けたのである。

だが蛮が立ち去った後、「いつかおれも巨人で男になりたい夢があった」と本音を漏らし、涙するシーンはリアルな心理描写だ。彼の人気は高く、作画担当の井上コオ先生お気に入りのキャラでもある。

 

取り乱した蛮は球団事務所へ。八幡先輩の契約解除を取り消さなければ自分も退団すると無茶な要求を突き付ける。それに対し球団代表の返答「いたずらに感情におぼれず、真に友を愛し、その身のためを思ってあげることだ」は正論であり、蛮の主張は当然筋が通らない・・・

蛮を多摩川グラウンドへ呼び出した八幡は、餞別の代わりに五、六球投げて欲しいと頼む。もう一度だけ蛮の豪速球が見たいと。殺人ノーコンを克服した凄まじい球を目に焼き付け、故郷に引き上げる覚悟を決めた八幡。そこに突然川上監督が現れる。驚く二人。

 

川上は蛮が自らの進退を盾に球団代表に迫った「友情のオキテ」を否定。「プロ野球のオキテ」は力なきものは消えさるのみ!と断言した上で、蛮に「まだ八幡は巨人のためになるのか?」と問う。

その答えは・・・・「なる!!」であった。勿論これは苦し紛れの根拠なき返答である。

が意外な言葉が。三日後に来日する「世界最強」ボルモチア・オリオールズとの親善試合で八幡をテストすると。「二軍でも失格の烙印を押されたヘボ投手」が世界最強のチームとの試合で何が出来るというのか?

 

後日来日したオリオールズは春に対戦した時とは違い、ワールドシリーズ終了直後の完成された状態であり、日本プロ野球はその実力に圧倒される。巨人も例外ではなく八幡はベンチ内で震える。

そして辛うじて出塁した得点のチャンスに何と川上監督は八幡を代打に起用した!

「ピンチ・ヒッター八幡!」「げえ〜〜〜!!」ストレートな反応が面白い(笑)

フラフラの状態で打席に向かい、及び腰の八幡。

投手失格の烙印を押された彼を大リーガー相手に代打で起用する意味は?「先輩が青春をかけた投手として散らせてやってほしいんだあ!」と食ってかかる蛮だが、八幡は優れた選球眼でギリギリのラインを見抜き、無駄球に手を出さない。

川上監督は蛮の殺人ノーコン克服の特訓相手となったことで、死球をも恐れぬ打者として再起出来る可能性があると敢えて代打に起用したのだった。八幡の犠打は貴重な一点をもたらし、彼の契約解除は一旦見送りとなった。

その後日米シリーズで蛮は大いに活躍。その蛮を育てたのは八幡であり、八幡を打たせたのは蛮である。男の友情とは、友愛とは良いものだと川上は語るのだった・・・。

 

一方、ライバル達も黙ってはいなかった。眉月は来シーズンでサムライへの返礼を宣言。ウルフは日本球界残留を決めた。そして新たなるライバル登場の足音も聞こえてくる!

 

昭和46年師走。蛮はスターである長島がシーズンオフ中に酒、女、華やかな社交等のあらゆる誘惑を断ち、野獣の牙を研ぎ続ける事で栄光を掴んだと知り奮い立つ。

「冬眠しない野獣計画」を立ち上げ、八幡と雪も積もる飛騨山中へ。滝目がけてボールを投げ込む蛮、同じく滝に向かいバットを振る八幡。

正月返上で激しい特訓に挑む中、蛮の投げたボールが何者かによって打ち返された!しかもボールは真っ二つに。驚く二人の前に現れたのは、バットではなく斧で打ち返した怪力の持ち主「大砲万作」であった。

大砲は「キコリのせがれ」として子供の頃から巨木を相手に斧をふるってきた凄まじい怪力を買われ、既に球界入りが約束されていた。

「バットの十倍以上の重さの斧で豪速球を叩くバケモノ」は再会の日までと言葉を残し去っていった。

 

プロ野球界は昭和47年度シーズンに向けて始動。春季キャンプ開始せまる頃、二人はようやく下山。列車の出発前に立ち寄ったラーメン屋のTVで大砲の中日ドラゴンズ入りを知る。新たなライバルの登場に闘志を燃やす蛮であったが、燃やしすぎて列車に乗り遅れそうになるのが可笑しい(笑) 重くなりすぎない絶妙なバランスである。

 

友愛の季節は終わり、血みどろの戦いの季節が来たのだ。

 


第6章「血闘の章」

「過去すぐれた素質をもち、努力もしながら ただ体格に恵まれぬばかりに多くの選手がプロ球界から消えていったのを私は見てきた・・・・」

「勝負の世界は、しょせん自分でたちあがるしかないのだ」

 

昭和47年ペナントレース開幕!大砲に完敗した蛮の秘策とは何か?

そして「投手にとって死刑宣告に等しい欠陥」とは。

 

八幡は一軍の春季キャンプ行きを懸けて蛮と対決することになるが、手加減無しの豪速球の前に三球三振となり、二軍行きとなった。

八幡はキャンプ地に向かうフェリーで空を見上げ、必ず自分も駆け上がると誓う。

そして蛮は宮崎の地で気迫の投球を見せる。先輩の一軍行きのチャンスの芽をつみとった「償い」は投げて投げて投げまくる事だと。

本作は掲載誌が他誌と比べて対象年齢を低めに設定していること、主人公の性格、後の展開やアニメ版の印象から「巨人の星」と比べて雰囲気も明るく、物語も小難しいことは廃して勢いで進める印象を持たれがちだが、実際は読者に対してよりストレートな表現で原作者の思いを伝えてくる。蛮の前に立ち塞がる数々の壁を乗り越えようとする姿や心理描写に注目したい。

 

春のオープン戦が始まり、ウルフの殺人走塁は凄みを増し、眉月は相手打者を滅多打ちにする。そして大砲は場外ホームランを見せつけた!

風雲急を告げ、昭和47年ペナントレースが開幕!ライバルが出揃ったことで対決路線に物語が変化していく。

蛮は対中日戦での先発が決定。その投球は冴えわたるが、中日・ウォーリー与那嶺監督は焦らない。「必ずホームランを打つと断言している頼もしい男がベンチに控えている」と。

それが大砲と確信した蛮は投球が乱れ、一死満塁のピンチに。そこに代打・大砲が登場。強がる蛮はサインを無視してド真ん中に投げてしまう。だが何故か空振り・・・これは何を意味するのか?

だが続けて投じた決め球を完璧に打ち込まれ、ランナーを一掃されてしまう。鈍足の大砲をタッチすべくベースに飛び込んだ蛮は、その巨体に弾き飛ばされ完敗を喫する!静まり返る球場・・・・

だが、無様に敗北した蛮は何かに気付いた。不敵な笑みを見せて降板する姿に大砲は恐怖を抱く。この敗北からヒントを得る流れは面白い。

宿舎で一人、大砲に敗北した映像を繰り返し確認する蛮。八幡が部屋に入っても全く気付かない。せっかく二軍戦で活躍したことを誇らしげに語ったのに全く聞いていないのであった(笑)

「大砲万作の打法には致命的な欠陥がある!!」蛮は確信する。

 

それから巨人軍・多摩川グラウンドに奇怪な噂が広まった。草木も眠る丑三つ時、不気味な鬼火が揺れるという・・・・

蛮は深夜一人寮を抜け出し、ホームベース上に立てた蝋燭に向かってガソリンをかけたボールを投げ込んでいた。ボールに引火しては駄目、離れて引火しなくても駄目。噂の鬼火の正体はこれだった。

そして蝋燭の炎がボールの風圧で消えたとき、特訓が完成したと一人叫ぶ。何故炎が消えたら完成なのか?その正体とは?

 

そして迎えた中日戦。一死二三塁のピンチで大砲登場!ここで蛮の登場となるが、先発の堀内はエースの名誉にかけて交代を拒否。ここでの堀内は決して悪役ではない。必ず抑えてみせると川上監督に話す堀内を見て、蛮は「秘策」を堀内に伝え、大砲を打ち取ってもらうと言う。その正体を知った堀内は涙を隠し立ち去る蛮を呼び止め、命をかけたマウンドを譲るのだった・・・。作品世界に引き込まれる名シーンである。 そして対決のときが来た!

蛮は一、二球目ともド真ん中の絶好球を投じる。だが何故かバットを振らず顔色が変わる大砲と与那嶺監督。そして無念無想の三球目はまたもド真ん中!!三球三振に静まりかえる球場・・・「代打ホームラン製造機」の進撃がストップした。

川上監督はその秘策をマスコミに公開。大砲は飛騨山中で斧をふるい大木を切り倒してきた事で、最も力を発揮出来る高さ、タイミングを自然に身に着けていた。つまり、その位置こそ打者が最も苦手とする外角低めのストライクであり、只一つ打てるコースだった!!蛮はそこからボール一つ離れた必殺のコースを狙うため特訓を重ねていたのだ。

 

大砲は即二軍落ちとなった。家族を養う彼の身を案じる蛮の気持ちを川上監督は一蹴。やがて欠点をも克服し、巨人の脅威となり得る怪物を潰すのは当然だと。本作の川上監督の勝負師としての描かれ方は徹底しており、蛮より一枚も二枚も上手である。

その監督の真意、自らの境遇に似た大砲を大物と認めたからこそ、再び立ち上がる試練を与えたと知った蛮は燃えに燃え、次なる阪神戦も完璧に抑え込む。しかし・・・ヤクルトの眉月、荒川、若松の三人は番場打倒の秘策があると不敵に笑う。番場の「重く速い球」こそ命とりであると。

 

迎えたヤクルト戦。眉月達三人は大胆にもこの回だけで1点を奪うと予告する!

頭に血が上った蛮から四球を選び若松が出塁。バントを警戒し内野陣が前進しているのも関わらず、続く荒川は強引にバント。だが三塁長島の正面に転がったボールをタイミング良く捌いたはずが盗塁は成功・・・そして眉月に投じたと同時に再び若松は走る!打球はセカンド不在の右中間へ。まんまと1点を許し予告は実現してしまう。上辺はありふれたヒット・エンド・ランである。だが、これには蛮にとって「投手としての死刑宣告」となる意味が秘められていた。

 

「身体の小さな蛮はその豪速球を生み出すため、必然的に投球モーションが大きくなり、ランナーが早いタイミングで走り出すことで「必ず」盗塁を許してしまう」改善不可能の欠点に呆然となる蛮・・・

 


第7章「魔球の章」

「サムライが負けて逃げてもいいのかっ」

「かりにも球界のサムライといわれた番場の蛮さんよ!?」

 

王の熱き言葉で再び立ち上がったサムライは「誰もやらなかった新変化球」に挑戦する。

偶然の出来事からヒントを掴み、狂気とも言える特訓の末に完成した恐るべき「魔球」の正体とは何か?

 

ついに本章で「魔球」が登場。集団競技としての野球、主人公を中心に周囲のキャラの内面をも描いた物語は転機を迎える。本作のイメージを決定付けた魔球を巡るライバル達との激闘の物語を読者はどう受け取るか?

 

もはや努力ではどうにもならない・・・失意の蛮は巨人にしがみつくことを良しとせず、故郷に帰ろうとする。だが、そこに王貞治が現れる。最後に王と一球勝負!蛮の球は通じずなかった・・・負け犬は消えるのみ。

 

「武士の情け」このまま消えさせて欲しいと立ち去る蛮に王は「負けてズラかって武士の情けはなかろう。勝利かしからずんば死。それがサムライの掟のはず!」と熱く語る。サムライが負けて逃げても良いのか?王の言葉に胸が熱くなる名シーンである。

彼は甲子園のエースとして華々しい結果を残し、大いに期待され入団しながらプロでは通用しなかった。やがて打者として一本足打法を命がけで完成させるも、当時の評論家には酷評された。「あんな大きなフォームでは投手につけこまれる」と。蛮は自分の置かれた状況を王に重ねる・・・だが王はその一本足打法で日本一にのし上がったのだ。

 

「王貞治にやれたことが、おなじ人間、番場蛮にやれぬはずがない」そう言葉を残し去っていく姿に痺れる。

 

 そして蛮は、王と同じく「それまで誰もやらなかった新変化球」を生み出すことを誓うのだった。致命的な欠陥が判明後、新たなる新変化球に挑戦する流れは「巨人の星」と共通する。これは路線変更による過去作品の焼き直しか?否、傷だらけの主人公が行き着く必然だったのか?史実とその後の展開、そしてこの物語の結末から判断するに、その答えは後者であると本書では判断する。魔球登場後の作風の変化と併せて確認頂きたい。

 

自ら二軍行きを希望した蛮は八幡の協力を得て特訓開始。だが何も思いつかないまま空しく時間だけが過ぎていく・・・だが八幡が諦めの言葉を口にした頃、ついに新変化球のヒントが。

蛮が「寮の二階の窓」から下階で挑発的な言葉を繰り返し、バットを振り回す二軍選手へ軽くボールを投じると「落差の激しさ」に対応出来ず派手に空振りした・・・蛮はハッとなる「見たっ!!あった!!おれの新魔球!!」

 

特訓内容は一変。蛮は八幡の振るバットを飛び越え、猛スピードで迫るバイクを死に物狂いで避ける!!狂気としか思えない特訓である。二人は何を目指すのか? その正体を最初に目にしたのは王であった。

王は即川上監督の自宅へ向かう。家中のルールブックを広げ、ルール違反ではない事を確認し蛮と八幡は一軍へ昇格となった。荒唐無稽な魔球誕生かと思わせて、野球ルールに触れた描写があるのは面白い。

 

迎えた対ヤクルト戦。ランナー一三塁で打者は眉月のピンチに蛮と八幡登場。蛮はマウンド上で大きく飛び上がり、ミット目がけて豪速球を投げつける!!名付けて「ハイ・ジャンプ魔球」

魔球初登場シーンは大ゴマで描かれ迫力十分。眉月を見事打ち取り、巨人に勝利をもたらす。

 

続けて強打者・田淵との対決にも勝利し、蛮と同じ高さまでジャンプしてボールを狙い打つ「オオカミの空中打法」を身につけたウルフ、投手に背を向け、ミットに収まる直前を狙い打つ「背面打法」で迫る大砲の挑戦をも退ける!!

ライバル達との対決が連続する流れは理屈抜きで面白く、間に挟まれるギャグ描写も楽しい。原作、作画ともテンションの高さが伝わってくる。

だが、快進撃はそう長くは続かなかった。

 

巨人は8連覇を達成し、ヤクルトとの最終戦を迎えた。だが魔球最初の餌食となった筈の眉月は不敵に笑う。

ハイ・ジャンプ魔球に対して敢えて投手側にバントする眉月。その小フライとなった球をカバーに入った長島は「蛮が着地した際の土煙」で捕球出来ず出塁を許してしまう。

 

シーズン終了間際に弱点が発覚する非情な展開。単なる凡フライが有効な魔球対策となるのは、作中で読者から多数の意見が寄せられたとある。「この試合に勝ち、10勝を達成する!」と蛮は意地を見せ、投球後に受け身を取らずそのまま落下、自らを地面に叩きつけて土煙を封じ、ボロボロになりながらヤクルト打線を抑えるのだった・・・こうして昭和47年ペナントレース後半で猛威を振るったハイ・ジャンプ魔球は死を迎えたのである。

 

嵐のような展開の本章は、魔球の誕生から死まで一気に駆け抜けた印象。日本シリーズは欠場となり、故郷に帰った蛮は自暴自棄となり、繁華街で乱闘騒ぎを起こしてしまうが、妹・ユキの言葉に励まされ再起を誓う。物語は次なるステージへ。

 


第8章「不死鳥の章」

はためく巨人の旗のもとに八幡は不死鳥をみた!!炎の中におちて灰になるが・・・また灰の中からよみがえり、より強く、より逞しくはばたくという伝説の不死鳥を!!

 

ハイ・ジャンプ魔球は死んだ。日本シリーズで活躍し、暫しの休息のために帰省した八幡が見たものは?甦れサムライ番場蛮!

 

章にてついに登場した魔球。それによって各キャラクターの目的が打倒魔球に絞られ物語の構造が変化。展開もスピーディーになり、本章はその勢いのまま進む。そして本作の売りである「実名巨人軍漫画」の宿命である「史実」が徐々に作品内容に影響し始める。

本作は巨人の連覇がストップしたときに連載も終了することを予定しており、特に作中の舞台が昭和48年になってからの展開は史実と掲載時期を比較すると様々な影響を感じる。

 

日本シリーズに勝利した巨人。代打として大いに活躍した八幡は暫しの休息のため故郷へ向かう。少年ファンにサインを求められ慌てる姿が微笑ましい。続けて女学生からもサインを求められるシーンで、魔球破れた蛮は早くも過去の人となりつつある非情な現実が描かれる。

 

故郷のヒーローとなった八幡は蛮の実家へ。序盤では病身であった蛮の母が元気な姿を見せてくれる。キャラクター造形が定まっていなかったのか以前とは雰囲気が違うが、ここは体調回復のためと解釈したい。

八幡は蛮の妹・ユキの案内で夜の海に向かい、荒波にボールを投げ込む特訓中の蛮を目撃する。その姿に灰となっても甦る不死鳥を重ねるのだった・・・・八幡とユキは蛮の特訓に協力を申し出る。モーターボートと自身をロープで繋ぎ、海へ飛び込む蛮。八幡はボートを高速で回転。海中の蛮は振り回され、あわや溺死寸前まで追い込まれる。ユキの合図で回転を止め、意識を失った蛮が引き上げられる。今回も正気とは思えない恐るべき特訓である。

跳躍力の強化が目的だったハイ・ジャンプと異なり、回転が重要となる「魔球2号」の正体とは?

このまま完成まで一気に進むと思いきや、秋のオープン戦に召集される蛮。なぜ呼ばれたのかと疑問に思う蛮だが、長島は策があると言う。ハイ・ジャンプ魔球投球後、土煙を起こさぬよう長島が蛮をキャッチして弱点をカバー・・・魔球は死なずとアピールする事で年俸に影響しないよう思いやってのことであった。だが、これは体力的にも一回限りの方法。何が何でも新魔球を完成させなければならない・・・長島の熱い思いに涙する蛮であった。

第6章における堀内とのやり取りといい、こういった間に挟まれるエピソードが物語に深みをもたせている。また、長島、王ほか巨人選手達が「番場」ではなく親しみをこめて「蛮ちゃん」と呼び出した事もここに記しておく。(長島は前章から、王は本章からである)

 

こうして昭和47年秋のオープン戦が終わり、次シーズンに向け新たな動きが。ウルフが去り、新たなライバル・不二、明智、ポポの3人が登場。

ウルフは大いに作品を盛り上げてくれた功労者であり、元々期限の定められた来日とはいえ、物語途中での退場は寂しい。来る「日米ワールドリーグ戦」でのサムライとの再会に思いを馳せ旅立つ姿を見送る蛮。

阪神入団一年目は殺人スライディングで大活躍だったが、二年目は眉月の活躍が目立ち、大砲も加わったことで、空中打法以外は見せ場が少なかったのが残念。猛々しい名ライバルは爽やかに去っていった。

そして入れ替わるように登場した3人は飄々として本心が読めない不二、天才ガリ勉の皮肉屋明智、ひたすら陽気なポポである。キャラが増えすぎた感もあるが、これでセ・リーグ5球団にライバルが存在する事となった。

 

年は明けて昭和48年。ついに魔球完成のときが来た。「腕が8本にも10本にもなった!」とONを驚かせた新魔球は、金田監督率いるロッテとのオープン戦でついにベールを脱ぐ。金田は序盤以来の登場。実在の人物のイメージを膨らませた豪快なキャラで、作品世界に非常にマッチしている。

蛮はマウンド上でコマのように高速回転!!それによって残像現象を引き起こし腕が何本にも見え、どの手、どの位置からボールが飛び出すか分からない!!名付けて「大回転魔球」の登場に球場は騒然となった。実に本作らしい豪快な魔球である。

「侍ジャイアンツ」といえばハイ・ジャンプ魔球か大回転魔球を連想する方も多いのではないか。よく言われる「ボークではないか?」という声だが、ハイ・ジャンプ同様に劇中でルール違反ではないと明確に説明されており、興を削ぐ意見は不要だろう。パ・リーグ打者を見事抑えた蛮。

一方、不二は豪快なホームランを見せつけ、明智は独自の理論を基にヒットを量産、ポポは攻守走を兼ね揃えたプレーで魅せる。3人はそれぞれ大回転魔球を打つのは自分であると宣言。そしてペナントレース開幕のときが来た!

ここから史実における巨人の苦闘が作品内容に反映されてくる。それが魔球が登場したタイミングとは何とも皮肉である。

阪神戦においてエース・堀内は打ち込まれ、無死満塁のピンチに。ここで蛮が登場。ついに公式戦デビューを飾った大回転魔球は阪神打者の脅威となる。ここで新魔球一辺倒ではなく、ハイ・ジャンプ魔球と使い分けている点が面白い。「巨人の星」の展開を踏まえてのことだろうか?より現実的かつ痛快な使用法である。見事三者を打ち取り、ピンチを切り抜けた蛮。

しかし7回表、江夏の投じた球が脇腹に直撃!!痛みに耐えて続投するも、回転中の激痛により失投、田淵に本塁打を許す。何と魔球デビュー戦で敗北を喫する巨人!蛮は入院となる。

意外な展開だが史実を背景にしている以上、当然の流れとも言える。

巨人の行く手、V9の悲願の前に不吉な暗雲が広がった。

 


【第2部】

第9章「大噴火の章」

淡い初恋の消えた今・・同じ今こそ蛮が夢み求めてやまなかった「男の魔球」が生まれ、唸りを上げていた!

 

混セの中、低迷する巨人軍。大回転魔球打倒を目指すライバル達!!果たしてⅤ9を目指す巨人と蛮の運命は。そして理香との再会。しかし彼女は・・・・

 

一ヶ月の休載後、本章から「第2部」がスタート。初回は掲載誌の表紙を飾り、オールカラー大増37頁、さらにアニメ化の告知もされた。(現行の単行本では第2部の記載はない)

大回転魔球デビュー戦で負傷し、無念の欠場となった蛮だが、その間に魔球の連投に耐えうるスタミナを身につけていた。中日戦でリリーフとして登板し、2種の魔球を使い分けて大活躍。連敗の巨人は一気に息を吹き返した!!

長期休載の影響で史実と作中時間の間隔が狭まったことで、当時の混セの状況がダイレクトに作品内容に反映されることとなった。これは後の同原作者の作品にも言えることだが一長一短あり、「巨人の勝敗」が作劇を左右することになる。

蛮の復活と併せて描かれる炎の男・長島のサヨナラツーランのエピソードも熱い。試合前にハートマークだらけのTシャツで現れる長島のファッションセンスの残念さと、直後の格好良さとのギャップが実に魅力的である。

だが、この試合に大砲は姿を見せなかった。このエピソードを別の角度から描き、蛮の快投を観察しながら秘かに魔球打倒を目指す大砲の描写が面白い。翌日の第2戦でその特訓の正体が判明。大回転魔球のタイミングに合わせて大砲も打席で高速回転!!大回転打法により早くも新魔球は破れるのか?ハイ・ジャンプ魔球も回転打法には通じず追いつめられる蛮だが、ここで何と2種の魔球を合体させた「ハイ・ジャンプ大回転魔球」で見事打ち取るのだった!!

だが間髪入れず次なる挑戦が。前章で登場した新ライバルの一人、明智はオールスター戦を前にしてパ・リーグの強打者である張本勲をけしかけ大回転魔球攻略法のテストを行い、ペナントレース後半で牙をむく。

ここで魔球に手が出ない中日、阪神、ヤクルトの描写があるが、新ライバルの一人であるポポはバントで出塁を狙うが通じず、眉月も打ち取られる。何とポポはこれで出番終了!攻・守・送を兼ね揃えた強敵描写は何だったのか?その後の展開から推測するに、やはりキャラクターが増えすぎた弊害もあるだろう。巨人のV9が危うい状況に陽気なライバルは馴染まなかったのかもしれない。明確な退場エピソードも無く自然消滅は残念だ。

迎えた広島線戦。明智はテコの原理を応用した独自の打法で大回転魔球を見事攻略!・・・と思いきや、自らを支点とし魔球の衝撃を受け止めたことで計算外のダメージを受け自滅。一塁に辿り着く前に嘔吐し崩れ落ちる。明智は今までにない天才肌で嫌味っぽいというキャラクターで強く印象に残る。

次なる挑戦者は当然不二であるが、いきなりプロレスへの転向話が。その恵まれた体格と運動能力をジャイアント馬場に見込まれてのことだったが、不二は「新人王を取り、大回転魔球を打てば考える」と返答。作品的には今回初対決となるが、劇中では既に数回対決して大回転魔球で抑えられていたことが語られている。そして重いバットを短く構えることでミート時の衝撃に耐え、そのまま振り切る怪力でハイジャンプ・大回転魔球をスタンドへ運ぶ!!ついに攻略されてしまうのだった・・・

 

第2の魔球も破れ、意気消沈の蛮の前に現れたのは美波理香。序盤以来の登場となる。彼女は蛮から野性味が薄れ、飛んだり回ったりと奇術のような魔球に頼っていると指摘。反論するも、プロ球界で生き残るため、かつての自分に比べ小さくなってしまったと自覚する蛮・・・

これまで登場した魔球は死に物狂いで完成させたもので、決して誤魔化しの技術ではないが、魔球路線から立ち止まり、ここから原点回帰とも言える流れとなる。魔球を否定した台詞を長く登場しなかった(野球とは直接関係ない)理香に言わせたのは素晴らしい。安易に新魔球開発と打倒の繰り返しにせず、連載初期の荒々しいサムライへの回帰を目指したことは評価すべきである。

 

まだセ・リーグは混戦状態。大洋戦でのピンチに打席は猛打爆発の不二。川上監督は敢えて蛮をリリーフに。投手達が恐れをなし、調子を崩すことを恐れ捨て駒にされたと感じた蛮は半ばヤケになり、魔球を封印し速球で挑む。だがその球を不二は打てない!!気迫の投球で打ち取り、スッポ抜けたバットを蹴り上げ真っ二つにへし折る!!思惑通りと川上監督はそれを見て微笑む。土佐嵐高校時代の八方破れの蛮が甦ろうとしていた・・・。

そしてついに巨人は奇跡のV9を達成。阪神との最終戦で勝った方が優勝という、あまりにドラマチックな史実が作品内でも描かれた。これをほぼリアルタイムで作品に反映させていたというのが驚きである。

 

理香の言葉で奮起した蛮だが、続けて南海ホークスとのとの日本シリーズで右足を負傷してしまう。それを隠しマウンドに立つが、激しい痛みを庇いながらの投球が打者の腹部に食い込むような恐るべきナチュラル・シュートとなり、南海打線を抑え込む!!男の魔球、名付けて「ハラキリ・シュート」の誕生である。派手なハイ・ジャンプと大回転を凌ぐ魔球が、通常の投球フォームから繰り出される変化の激しいシュートというのは、魔球路線を経ての原点回帰としてはベストな答えではないか。

 

ハラキリ・シュートの誕生を喜ぶ理香。しかし・・・彼女は親の経営する会社が経営不振となり、地元銀行から多額の融資を受けた引き換えに銀行頭取の息子と結婚することになっていたのだ。それを知って激しいショックを受ける蛮。まさかこんな形で恋が終わろうとは。

四国の海を眺め、理香を想い苦しむ蛮の元に眉月が現れる。恋敵的な存在であった彼は蛮を笑い飛ばし、ハラキリ・シュートをこの場で打ってみせると宣言し、突然の勝負となる。

「やあ、美波理香くん」蛮は投球中に眉月の発した言葉に動揺した所を容赦なく打ち込まれ、ボールは遥か彼方へ消えた・・・宿命のライバルの復活を願い、天才児は去って行った。

新ライバル達に比重を置いた今シーズンでは出番が少なかった眉月だが、やはり序盤から登場している彼の存在感は違う。理香への未練を断ち切る役割は彼しかいないだろう。

熱き言葉によって燃えるサムライに戻ると決意した蛮は理香の幸せを願い、恋を捨てるのだった・・・

 


第10章「血風の章」

もう巨人は強くないのか!?

血みどろで王者の名誉を死守せんとする巨人にあって・・・・

蛮にもおそいかかる試練の嵐!!

むらがる強敵のバットのうなり!!

 

運命の昭和49年ペナントレース開幕。

 

物語の舞台は昭和49年に。

連載第一回冒頭、昭和45年日本シリーズ中に川上監督が危惧していたことが現実になろうとしていた。王者巨人の危機は作品内容にも影響し、どこか暗い影を落とすこととなる。こうなることを予期していたとすれば、原作者・梶原一騎恐るべしである。

 

V10を目指し巨人は始動、宮崎キャンプへ向かう。ひたすら練習に打ち込む蛮だが、理香のことを無理やり忘れようとしている姿は読んでいて辛くなる。後半でも繊細な面は度々描かれる。

ミーティングの際に川上監督は主力選手の衰えという避けられない現実、それでも勝たねばならぬ王者の宿命、そして本場大リーグの王者とも戦い勝たねばならぬと檄を飛ばす。第2章で触れた大目標がここでも言及された。これはアニメ版終盤で大きく取り上げられており、重要なワードでもある。だが原作漫画版はあくまでも史実をベースに進む。

 

紅白戦で蛮は王、長島と対決することになる。ハラキリ・シュートで見事打ち取るが、二人は「打席に立つ者しか分からない欠点」に気付く。日本シリーズ中に誕生した新魔球が早くも欠点が発覚。一流打者だからこそ気付いたことであり、敢えて伏せることとなったが、オープン戦で太平洋クラブライオンズの助っ人、F・ハワードにそれを見破られる。

「ハラキリ・シュートは通常のシュートよりも右足を遥かに大きく踏み出す必要があるため、投球後に全体重が右足に乗り、瞬時に動くことが出来ない」その瞬間を狙い、強烈なピッチャーライナーが蛮を襲う!!長島が飛び出すもグラブに弾かれた打球はそのまま右足に食い込んだ!!骨折は免れたものの病院送りとなる蛮。

昨シーズンも開幕早々、大回転魔球の公式デビュー戦で死球により戦線離脱を余儀なくされたが、またもや怪我に泣くことに。

理香が去り、自らも傷つき、不運続きに一人泣くシーンは胸が痛くなるが、八幡は「あいつは地獄で笑う男のはず!!」と彼の再起を信じるのだった。

 

蛮は猛ライナーに襲われた際に身を守る方法を考えるが、八幡が口にした言葉からヒントを得、何処に飛んでくるか分からない打球に対応出来る格闘技「空手」があることに気付く!何とも意外な、いや実に原作者・梶原一騎らしい展開である。蛮は負傷回復後もオープン戦には参加せず、「空手道場 極心館」へ入門。マスコミに非難されるが川上監督はそれが何を意味するのか察し、特例として不参加を許す。

道場での蛮の態度は門下生の反感を買い叩きのめされる。それでも蛮は態度を変えず食らいつき、ついには組手でも互角に戦えるようになる。ペナントレース開幕を翌日に控えた日、蛮は短期間で空手のカの字でも身につけなければならぬ理由があり、敢えて挑発的な態度をとり続けていた非礼を詫びる。その覚悟を読んでいた極心館師範は名誉初段として黒帯を送り、マウンドでの健闘をるのだった。作中では当時大ヒットした映画「燃えよドラゴン」にも触れており、当時のブームを感じるエピソードである。

 

そしてついに昭和49年度ペナントレースが開幕した。開幕戦の相手はヤクルトスワローズ。本年度より球団名が変更となった。

久々の対決となる眉月は非情に徹し、ハラキリ・シュートに対してハワードそのままの投手返しを再現し蛮を狙う!だが、蛮は雄叫びを上げて左足でボールを上空に蹴り上げ防御!!空手の特訓はこのためにあったのだ。一瞬でダブルプレーとなり、サムライはここに復活した!

次なる相手は中日。与那嶺監督は大砲の怪力によりスピードを増した投手返しは防御不可と豪語する。静まる球場の中投じたハラキリ・シュートに対し容赦の無い投手返しが迫るが、蛮の右足に直撃したと思われたボールは回転しながら蛮の腹部までよじ登りキャッチされ、トリプルプレーで中日を抑える!蛮は瞬時にボールを蹴り下ろし、威力を殺したボールに残る勢いを利用してのけぞらせた身体の上を転がせ捕球していた。師範に教わった防御と攻撃が一体となる「交差法」による勝利。原作者が得意とする格闘技系の要素を含んだエピソードだが、意外にも作風にマッチしており、ノリの良い展開で面白い。

 

だが巨人はペナントレース序盤から苦戦が続いていた。多摩川グラウンドでの練習中に突如謎の男が現れ蛮を挑発。居合い切りでボールを真っ二つにすると、ハラキリ・シュートは打てると宣言し立ち去る。今度は剣豪の登場である。

男の名は殺人剣法"血風流"25代・太刀風兵庫。いくら勝っても金にはならないと現代の剣豪のあり方を否定し、自らの実力でマスコミ時代に名を上げると息巻く。そのために番場を狙ったのだ。興味を持った阪神は彼をスカウトする。太刀風はその容貌からも異質のキャラクターであるが、物語終盤の空気に上手く馴染み、原作、作画ともノッている印象である。

彼の「居合切り打法」は凄まじく、代打成功率は10割。更に必殺の「介錯人殺し」でハラキリ・シュートを破ると予告。武士の切腹の際に背後に立ち、首を切り落とす介錯人を逆に殺すとは?

蛮は再び極心館を訪れ、魔剣と対決する空手の極意「真剣白刃取り」を学ぶ。「どんな剣術でどんなバッティングであろうが、そんな推理は無用。真剣の白刃に勝つ自信があるか」その特訓で刀から逃げまくる描写が楽しい。やがて相手の周囲を円を描くように回り込み動きを封じ、白刃を受け止めることに成功。この特訓がどんな意味を持つのか。

川上監督は勝負を熱望する蛮に賭け、次なる阪神戦での先発を満天下のファンに予告!対決のときが来た。

太刀風はまるで切腹するかのような構えで打席に立つ。放たれたハラキリ・シュートだが次の瞬間、捕手・吉田の悲鳴が球場に響き渡った!!スパイクのつま先が割け大出血・・・甲子園球場に血の雨が降った。

「介錯人殺し」・・・切腹すると見せかけて小刀で介錯人の足の指を刺し激痛により動きを封じ生き延びる。これを応用し、前方に打ち返すのが困難なハラキリ・シュートの威力を利用し、まるでビリヤードのようにボールを後方に打ち、捕手を狙う卑劣極まりない打法であった。吉田に代わり森が捕手となるも同じ結果となり、このまま捕手がいなくなれば放棄試合となり敗北が確定してしまう。蛮は捕手に八幡を希望し、勝負に出る。駆けつけた極心館の師範がスタンドから黒帯を渡し、それを身につけるシーンが熱い。

「いくぜよアニキ」「よ〜し、来い番場!」

渾身のハラキリ・シュートに対し、太刀風は八幡を狙うも、円の動きで背後に回り込んだ八幡は太刀風の視界から消え、介錯人殺しは失敗!振り逃げを狙い、蛮の頭上を飛び越えようとするが、同じく飛び上がった蛮は奪い取った白刃(ボール)で空中タッチ!!血風流剣法はここに敗北した!

 

かつてのウルフとの対決を思わせる格闘技漫画的な展開である。太刀風は潔く敗北を認め、球界から去った。「放棄試合を狙う代打専門のライバル」という前代未聞の存在である彼は、その特徴故にレギュラーとして定着することはなく一回限りの対決となった。 

第9章から原点回帰が図られてきたが、魔球路線を経て前半ともまた異なる、蛮の明るさと豪快さが強調され、展開もスピーディーな本作だけが持つ作風が本章で完成された感がある。「サムライ」であることを意識した展開も熱い。

しかし、史実における巨人はかつてない苦境に立たされていた。その避けようがない現実の前に川上巨人は、蛮は追い詰められていく・・・

 


第11章「V10試練の章」

実に意外きわまる、そしてショッキングな幕切れの日が迫っていた。

日本プロ野球ファンがこれほど驚いた日はなかった。

また・・・・これほど泣いた日もなかった。

 

V10を目指す川上巨人と蛮の運命は?

さらばサムライ!!

 

1971年(昭和46年)連載開始の本作も本章で完結となる。作中では既に4年の月日が流れ、巨人はV9選手達の衰えにより敗戦が続き、絶対的な王者ではなくなっていた。そしてついにこの年はリーグ優勝を逃す。

物語の背景として「強い巨人」「でっかいクジラ」ありきで描かれた本作は、その史実にも影響され徐々に作風が変化したのは事実で、いつ連覇が止まっても不思議ではない状況の中での物語の見直し、野性味の復活と様々な試みがなされた。

勿論史実だけが理由ではなく、より面白さを追求しての魔球誕生やその魔球の否定であり、この作品が長く愛されていることを踏まえるに確かな結果を出しているのだが。

昨シーズンは最後までどうなるか分からない状況の中で辛うじて優勝。それが良くも悪くも影響し前章を盛り上げたが、今回は避けられない敗北・・・果たして巨人のサムライの物語はどう決着するのか?

 

昭和49年ペナントレースで苦戦を強いられる巨人。太刀風の挑戦を退けた後もチームの成績は低迷する中で、若手のリーダー的存在となって周りを引っ張る蛮の姿は少々意外だ。物語序盤で他の二軍選手達と対立していた頃、巨人を拒絶していた頃とは真逆である。

しかしその必死な表情、熱きチーム愛から燃える展開になるかと思えば違う。前章からその兆候はあったものの、本章の重い空気は異質であり、巨人がかつてない危機を迎えていることが読者に伝わってくる。太刀風との対決では活き活きしていた蛮が焦り、肩を落とす。川上監督も硬い表情が多く、長島、王は不振にあえぐ。大巨人の中で暴れる豪快なサムライから、ただ一人奮闘する図への変化がそう思わせるのだろう。

 

迎えた対広島三連戦。一死満塁のピンチにリリーフで蛮が登場。強打者・衣笠に速球をあわやスタンド手前まで運ばれるものの、ハラキリ・シュートで打ち取る。続けて巨人の攻撃、同点のチャンスでヒットを飛ばした蛮はその勢いでセカンドの明智を吹っ飛ばす!!ガハハハと笑い飛ばすが、明智は今度は衣笠とタッグを組むという。「ハラキリは理論的には打てる」と。

そして衣笠の打順が回ってきた。自信満々に必殺の策を授ける明智だが、その難解極まる方程式を衣笠は理解出来ない(笑)

結局、理論の残り1/3がどうしても理解出来ぬままヤケクソ気味に打席に立つが、何と衣笠はハラキリ・シュートをミート!スタンド手前でキャッチされるものの、明智は完全に理解出来れば次の試合では必ず打てると断言する。

 

二戦目は雨で中止となり、明智理論を衣笠が理解する時間を与えることとなった。そして三戦目、明智は二安打にも関わらずピンチヒッターと交代。ロビーで巨人のマネージャーが近くにいることを知りつつ、実は打倒策など無いと呟く。勿論これは番場を引摺り出す策であったが、まんまと引っかかるマネージャーであった。

明智発言はすぐに巨人ベンチに伝わり、一死一二塁のピンチに蛮が登場。一球目から勝負に出た蛮だが、衣笠は異様なフォームでハラキリ・シュートを打つ!!ボールは場外に消えた・・・

衣笠は何をしたのか?映像解析によると、「グリップ近くに当てたボールが小さなフライとなり、二度目のスイングで勢いの消えたボールを叩く」この二段打法により攻略されたのだった。(これは明確なルール違反であるが、直後の指摘が必要であり、そのまま試合が続行したことで有効となったことが後に語られている。)

 

巨人は痛い星を落とし、ファンは荒れる。それから数日が経過し、またも広島との三連戦を控えたある日、蛮は小遣い帳の計算が合わず困っているソロバン一級・八幡の言葉「数字が違ってくれば当然答えも変わってくる」からヒントを得る!その策を知った川上監督は先発を命じるのだった!!

本章は一進一退、実にスピーディに話が進む。まさに綱渡りの状況である。だがそれが物語に緊張感を与えているのは間違いない。

 

再び迎えた広島との第一戦。破れた番場をなぜ先発させると観客から容赦のない野次が飛ぶ中、「いまにおどろくなよ」と不敵な笑みを浮かべる蛮。衣笠を前にしてプレートを踏む位置を調整、そして放たれたハラキリ・シュート!勝利を確信する明智!

・・・だが衣笠のバットは根本からへし折られた!!二段打法の方程式は投球する位置を数センチずらした事で力点もタイミングも全てが狂ってくるのだ。最後に勝ったのは「サムライ・ガッツ」であった。明智理論破れたり!

 

この試合を機に巨人は立ち直りの気配を見せ始める。そしてオールスター戦がやってきた。出場が決まった蛮はパ・リーグ打者を総ナメにしてやると息巻く!

ハラキリ・シュートの切れ味に驚愕する打撃陣だが、南海ホークス・野村監督だけは違った。6連続三振を犠牲に、ついに「隙」を見つける。「ハラキリに対し、バントの構えをとった時、捕手はボールの軌道を完全に見失い捕球出来なくなる」それは捕手である野村だからこそ気付いた盲点であった。

あまりに激しい変化に感覚で捕球することも出来ず、ボールは捕手に直撃!!避けても振り逃げを許してしまう・・・ハラキリ最初の餌食となった野村が隙を見つける展開は面白い。

弱点発覚により蛮は降板。勢いに乗るパ・リーグは連勝、悪夢の球宴となった。だが本当の悪夢は球宴後の後半戦である。バントの構えで視界が遮られると誰一人ハラキリ・シュートが捕球出来ない。八幡も例外では無かった・・・

今まで「威力がありすぎて封印された魔球」はない。破られることなく消えていくのは皮肉である。

 

二軍落ちし、後半のローテーションから外された蛮。その表情は晴れない。八幡は先の衣笠のホームランが有効とみなされた件を思い出す。あれ以来、悲運が蛮を付き纏うと嘆くのだが・・・打開策を見出せぬまま向かった多摩川グラウンドでの練習中、蛮は「ルールの盲点を逆に利用すれば、打の二段打ちにおとらねえ、投の大魔球が生まれるかもしれないぜよ!」と奇妙なことを言い出す。

その意味を知った八幡は驚愕。もし誕生すれば、それまでの魔球とはスケールの違う「ウルトラ・スーパー魔球」となり球界の歴史を塗り替えると。このエピソードは何と最終回1話前。完結間近にして何かが起きようとしていた!

 

一ヶ月後、突如ペナントレース後半戦に登場した新魔球。その名は「分身魔球」

ハイ・ジャンプや大回転のような変則投法ではなく、ハラキリと同じく通常の投球フォームから繰り出される。その原理は巨人内部にも明かされなかったとあるが「ボールを握力で握り潰し、投球後に圧力から解放され元の形状に戻る際の激しいブレによる残像でボールがいくつにも見える」ことは作中の描写から明白である。(蛮が口にした「ルールの盲点」とはボールの変形を指すと思われる。)

まさに力技の魔球だが、その威力は本物で誰一人打つことは出来ない。衣笠も打ち取られ、無人の野を行くがごとく快進撃を見せる。しかし・・・

 

この分身魔球はアニメ版の登場が先になる。誕生の経緯は異なり、ボールが元に戻る反動を利用する点は同じ。そのボールを握り潰すために、アニメ版では瞬間的に握力を強化する「自然借力法」が必要であったが、原作漫画版では説明はない。体力を根こそぎ奪われていく描写は痛々しい。

 

そしてペナントレース天王山である対中日三連戦、V10のために何が何でも勝たねばならぬ巨人は蛮に連投を強いることとなる。

第一戦を完投、第二戦を五回リリーフで登板し九回まで投げきる、更に第三戦目も七回から登板。蛮自らの希望とはいえ、酷使せざるを得ない川上監督も苦しげな表情である。

消耗しきっている蛮の姿を見て、この連投を無駄にするなと巨人ナインは燃え、王の逆転スリーランが飛び出す!

勝利を目前にして最後の打席に立つのは大砲。だが既に限界を迎えている蛮の様子に八幡は不安を覚える・・・蛮は何かを予感した後、唸りを上げた渾身の分身魔球で大砲を打ち取り、見事三連勝を達成する!!

 

「おめでとうサムライ!」駆け寄る巨人ナイン。だが・・・・

 

蛮は最後の一球を投げた直後、仁王立ちのまま絶命していた。「サムライはおのれを知る者のために死す」その言葉のままに彼は巨人のために殉じたのである・・・

 

まさに衝撃の結末。あまりに厳しい史実を背景に、物語は行きつく所まで行った感がある。次世代の巨人のため、新監督長島のために必要とされたサムライが、真にそのときが来る前に力尽きたのは悲しい。

この結末は唐突な思いつきだったのか?答えはNOだろう。この作品を振り返ると、徐々に弱体化していく巨人の中で気を吐く蛮の姿が強く印象に残る。「巨人というクジラ」そのものが変わっていく中で、サムライとして生きる彼の行く末は、やはりこの結末以外無かったのではないか。

それだけに連載終了のタイミングが史実と絡む関係でラスト2話が急展開となったのは残念だ。実に読み応えある最終章だけに、この2話の内容を十分な頁数でじっくり描いて欲しかったと思う。

 V10の望みを繋ぎ、番場蛮は去った。その後巨人が再び強者として甦るのはまだ先のことである。

 

本編ラスト。雨の中で行われた葬儀にて、眉月ほかライバルたち、そして八幡は涙を流し友に別れを告げるのだった・・・さらばサムライ!!